パキスタン

トランプが“和平の仲介者”?──ノーベル賞推薦に揺れるインドと南アジアの地政学

neocross

「トランプがノーベル平和賞に推薦された」──それも、パキスタンから。

突飛とも思えるこのニュースは、南アジアを一瞬ざわつかせた。
推薦理由は「インドとパキスタンの衝突をトランプが止めた」というもの。

確かに、2025年春のカシミールでの小規模軍事衝突の際、アメリカが裏で調整に動いたことは報じられていた。
しかし、それを「和平仲介」とまで昇華させるのは、いささか強引にも見える。

この推薦の裏には明確な意図がありそうだ。

軍が動かす外交ーー称賛デモ

パキスタンの国旗(緑に白い三日月と星)と、「アザド・カシミール」旗(緑と白のストライプ+黄色の角)
2025年6月24日

トランプとの会談後、パキスタン各地で軍を称えるデモが行われた。
カシミールを巡る軍の行動を賞賛し、「外交は軍の勝利」と描こうとする構図が見える。

この推薦の主役は、文民政府ではなく“軍”である。

ノーベル賞推薦の直前、ホワイトハウスで昼食会に招かれたのは、パキスタン軍のトップ・ムニール将軍だった。
これは、文民統制下の軍事国家であるパキスタンにおいても極めて異例の待遇だ。

この異例の外交劇を裏で支えているのが、パキスタン国内での“軍の圧倒的支持”。

街頭には軍を称えるデモが現れ、カシミールでの軍事的対応を「国家の誇り」として持ち上げられている。
トランプ推薦はその延長線上にある、“軍による外交アピール”なのである。

インドの沈黙ーーモディの“訪米拒否”

「かつての蜜月」─トランプ政権下での米印関係は手厚い握手と笑顔(2024年2月13日)
今回、モディは訪米を見送り、沈黙。

インドのモディ首相は、今回の動きに対して一切コメントを発していない。それどころか、訪米の招待自体を「日程が合わない」として辞退した。
過去にはトランプとの蜜月を演出したモディだが、今回は一線を引いた形だ。

その理由は明白だ。
インドにとって、カシミール問題はあくまで「二国間の内部問題」であり、国際的な仲介や“介入”は望ましくない。

トランプが自らの外交手腕を誇示する形でこの問題に言及し、しかもノーベル推薦という形で世界に広げられたことに、インドは強く警戒している。

沈黙は抗議であり、ある種の“外交的不満表明”とも言える。

米国とパキスタンの思惑ーーイランとイスラエルの影も

米国が支持するイスラエルと、対立するイラン。
写真はイランの報復ミサイル攻撃を受けたイスラエル南部の住宅地。

このタイミングでの推薦には、もう一つの背景がある。
それが、米国・イスラエル・イランをめぐる最新の中東情勢だ。

アメリカは現在、イスラエルとイランの緊張緩和を仲介中。
そんな中、パキスタンはイランとの関係を維持しながらも、トランプを“和平の立役者”として称えるという絶妙なバランスを取っている。

これは、地政学的な「賭け」でもある。

パキスタンは中国との距離感を再調整し、IMF支援や米軍事支援を引き出したい。
そのために“外交カード”としてトランプを利用している側面も見逃せない。

結論ーー外交ゲームの“駒”のノーベル賞

今回の推薦劇を通して見えてくるのは、「平和賞」という美しい言葉の裏にある、現実的な地政学の駆け引きである。

トランプは、和平の仲介者というよりは“外交資源”として動かされている。
パキスタンの軍はそれを見事に活用し、インドはその流れに警戒を強める。そしてアメリカは、中東・南アジアでの影響力維持に苦心している。

“賞”という名のカードは、人を動かす材料になるのだ。

外部リンク:South Asia -South China Morning Post

著者について
新夢シャド
新夢シャド
1991年、バングラデシュ生まれ。7歳から東京で育つ。大学を卒業後、株式会社ファミリーマートで総合職として10年勤務。その後、ネオクロスを起業し、バングラデシュを中心に南アジアの投資や旅行、文化や人の交流などを幅広く発信している。
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