世界最悪の縫製工場事故──ラナ・プラザ崩壊が突きつけた「安さ」の代償

neocross

2013年4月24日、バングラデシュ・ダッカ近郊のサバール地区にある8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が、突然崩壊した。
わずか90秒で崩れ落ちたビルの中には、数千人の縫製工場労働者たちがいた。

この事故で1,134人が死亡し、2,500人以上が負傷
これは、衣料産業における歴史上最悪の産業災害のひとつとして、世界中に衝撃を与えた。

この悲劇は、単なる「建物事故」にとどまらない。
背景には、私たちが日常的に着ている「安い服」と「沈黙」の裏側にある、構造的な搾取と無関心があった。

建物の問題と労働者の声

ラナ・プラザは、当初5階建ての商業ビルとして設計されていた。
しかし後に違法に3階分が増築され、構造に深刻な欠陥が生まれた。

縫製工場では常にミシンが稼働し、微細な振動が床や柱に負荷をかけ続ける。
そのため、構造上の欠陥が致命的な崩壊につながりやすい。

事故の前日、建物にひび割れが見つかり、銀行や商店は即座に退去を決めた。
だが、縫製工場のオーナーたちは「安全だ」と労働者を出勤させた。

一部の工場オーナーは「来なければ給料は払わない」と言っていたという。

労働者にとって「給料が払われない」ことは、生きることそのものを脅かす問題だった。

「怖かった。でも行かなければ給料がもらえないと思った」
そう証言する生存者の言葉が、今も胸に刺さる。

犠牲になったのは誰か

崩壊したビルにいたのは、多くが10代~20代の若い女性たちだった。
月収はおよそ8,000タカ(約1万円)。
中には子どもを育てながら働くシングルマザーも多かった。

彼女たちは「世界のファストファッションを支える手」として日々ミシンに向かっていたが、命の安全までは守られていなかった。

私が実際にバングラデシュに足を運んだときも、縫製工場で働く労働者の大半が女性だった。

「なぜ女性ばかりなのか?」と聞いたとき、現地の管理者はこう答えた。

「安く働いてくれるからです。」

一瞬言葉を失ったが、その言葉は性差別というより構造的な一部であるように感じた。

「女性だから搾取できる」というよりかは、
「女性だから搾取される」のではなく、「安く働く存在として女性が当たり前になっていた」。

この“常識”が無意識の偏見を生み、搾取構造を日常の中に溶け込ませている。

ファストファッションとグローバル企業の責任

崩壊した工場では、Primark(イギリス)やBenetton(イタリア)、Mango(スペイン)など、世界的ファッションブランドの製品が作られていた。

私たちが「1,000円で買えるTシャツ」を求める一方で、
その背後では、安全対策や人権の軽視が続いていたのだ。

この事故をきっかけに、世界中でファストファッション企業への不買運動が起き、
倫理的な購買(エシカル・コンシューマリズム)の機運が高まった。

その後の変化:バングラデシュと世界の対応

事故後、欧州ブランドとバングラデシュ側の間で「建物と火災の安全協定(アコード)」が締結された。
これにより、第三者による建物安全性のチェックが実施されるようになる。

しかし、2021年にアコードの期限切れを迎えた後、運営はバングラデシュ側の新機関へと移行。
その透明性や実効性をめぐっては、今も国際社会で議論が続いている。

日本に住む私たちは?

「エシカルな選択をしよう」
「安い服は避けよう」といった呼びかけも、“一時的な善意”に終わってしまう現実がある。

しかし、ラナ・プラザは遠い国の話ではないと感じる。
日本国内でも、同じように「安さ」と「沈黙」に依存する労働環境が存在している。

コンビニの深夜バイト、物流倉庫、清掃業──
たしかに、そこには雇用が生まれ、賃金も一見すると悪くはない。
けれど、労働の現場すべてで、十分な待遇や安全が保障されているとは言い切れないだろう。

私たちが日常的に享受している低価格な商品や便利なサービスの背後には、
“誰かの沈黙”や“見えない我慢”が存在しているのかもしれない。

私たち自身もまた、この構造の中に組み込まれている当事者だということだ。

だからこそ、消費者として、そして労働者として、
「ノー」と言えるための教育や環境整備が欠かせない。

ほとんどの人が消費者であり、労働者のはずだ。

終わりに:ノーと言える社会へ

ラナ・プラザの事故は、「沈黙の代償」がいかに大きいかを示した。

・消費者は「企業」へのノーを。
・労働者は「搾取」へのノーを。
・社会は「無関心」へのノーを。

「流されない選択」と「搾取に耐えない勇気」。
それを支える教育・法制度・社会の理解こそが、次の崩壊を防ぐ鍵になる。

引用・参考リンク

Clean Clothes Campaign
Rana Plaza Arrangement(被害者補償プロジェクト)
BBC “Rana Plaza collapse

著者について
新夢シャド
新夢シャド
1991年、バングラデシュ生まれ。7歳から東京で育つ。大学を卒業後、株式会社ファミリーマートで総合職として10年勤務。その後、ネオクロスを起業し、バングラデシュを中心に南アジアの投資や旅行、文化や人の交流などを幅広く発信している。
記事URLをコピーしました